道楽者泉式と猫のお話  猫と暮らす
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蘭学通り
昨日、八多へ行く途中、国道176号線の名塩でのこと。
国道は車が多く、道幅も狭いので、脇道に入りました。
176号線の旧道でしょうか?
生瀬から登ってきて、汗ダクになっている泉式に道を抜けていく風がとても気持ちが良いです。
ふと見ると、
e0077517_1404473.jpg

蘭学通りとあるではないですか
なんで蘭学やねん。

ちょっと調べてみました。
今から35年前、泉式が西宮に住み始めた時、なぜ西宮市は六甲山を越えた向こうまで有るのか?
と、疑問を持ちました。
明治時代に行政区画を決める時に西宮市は六甲山の向こうの名塩まで取り込んでいます。
名塩が西宮市になったのは昭和になってからでした。
普通、山の向こうは別の行政区画でしょう。
取り込むには何か理由があるはずです。

それは和紙だったようです。
江戸時代、名塩の紙すきの技術は高く、熱に強い和紙が作られ、藩札や金を伸ばして金箔を作る時に使う金打ち紙に使われていたそうです。当然、四国の山奥や中部の山奥でも紙はすかれていたのでしょうが、都会まで距離はあるので、当然中間搾取が多く、紙すきの人たちは潤いません。名塩は都会にも近く良質な紙を作ったので紙すきも潤ったのでしょう。
西宮は南部は酒作りと言う産業があり、北部は紙作りと言う産業を持つ裕福な行政区を目指したようです。

で、今回の話に戻るのですが、名塩の紙すきの技術は紙をすく時に土を混ぜると言うものだった様です。紙すきをする職人は勉強熱心で新しい技術を開発したり取り込んだりすることに貪欲だった様です。江戸時代後期、億川百記と言う人物が名塩にいました。
億川百記は勉強がしたくて、大阪に出て蘭学を学びました。その時、一緒に学んだ一人に緒方洪庵がいたそうです。百記は名塩で開業して名医として有名になったそうです。
そして、洪庵の才能を見抜いた百記は頼母子講を作り、洪庵の長崎留学の資金を調達したそうです。ちなみに、緒方洪庵の奥さん八重は億川百記の娘さんだそうです。
緒方洪庵がその後、適塾を開き、明治維新で活躍したそうそうたる顔ぶれが適塾出身であったり、適塾が日本の近代医学の基礎を作ったことは皆さんご存知通りです。

と言うことは
明治維新、日本の近代医学の基は名塩にあるわけですね。
その名塩にも蘭学塾が出来て多くの人が新しい知識を得ることになった様です。
で、蘭学通りと言うわけですね。

今朝のサイクリングは寝坊してお休み。
by senshikibow | 2015-04-30 13:30 | 西宮の写真 | Comments(0)
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